皆さんは普段読書をされますか?本は知の宝庫とも言われるように、人生における困難の乗り越え方、考え方、哲学といったさまざまなものを得ることができます。
今回はその中でも恋愛にフォーカスをあてて世界中のオススメ恋愛小説をご紹介しながら、そこに隠された恋愛の在り方をテクニックとして読み解いてご紹介して参ります。
今のあなたのシチュエーションにマッチする作品も見つかるかもしれません。さっそくチェックしてみましょう!
さっと読める目次
恋愛小説は恋愛テクニックの宝庫?
古今東西にはさまざまな恋愛小説が存在
世の中には数多の恋愛小説が存在します。その数はとても数えきれないほど。小説のテーマはたくさんありますが、どんな物語にも必ずと言っていいほど恋の要素が盛り込まれます。たくさんの人に読まれる作品になればなるほどその傾向は強いといえるでしょう。
それほど恋愛というのは普遍的でどんな人も気になる要素であるということなのでしょう。それは歴史上の偉大な作家たちでも同じことなのです。
古典に焦点を当てて…
今回はあえて古典的な作品に焦点を当てていきたいと思います。今なお語り継がれる古典作品は、その一方でとっ付きにくく感じることもあるかもしれません。
しかし現代に語り継がれる恋愛をテーマにした古典作品だからこそ見えてくる恋愛の真理というものがあるとは思わないでしょうか?
本当に時代遅れでお堅いだけの作品、恋愛の描き方なら今なお読まれ続けることなどないはず。言葉や表現の違いはあれど、そこに映し出される恋愛の本質に、少しでも迫ってみたいと思いませんか?
今回は世界各国の文豪が描いた代表的な恋愛をテーマにした作品を4つほど見ていこうと思います。
夏目漱石「心」
学生時代に必ず一度は触れるであろう日本の恋愛小説の古典と言えば夏目漱石の「こころ」が挙げられるのではないでしょうか?夏目漱石は日本人なら誰もが名前を知る作家ですが、その作品にはこころをはじめとして、恋愛をテーマにとったものが多くみられます。
また、恋愛は恋愛でも、シチュエーションは比較的ドロドロしたものが多く、三角関係や不倫といったテーマを書かせたら右に出るものはいないのではないでしょうか?
国語の教科書で取り上げられることが多いためお堅い印象の夏目想起。しかし、漱石の作品はどれもがとても庶民的な目線で描かれています。言葉が少し昔の言葉なのでとっつきにくく感じますが、良い意味で現代の作家さんが描いている小説と大差ない、とても身近で感情移入しやすい作風が特徴です。
「こころ」に見る恋愛
1914年に書かれた「こころ」は以来100の時を経て、日本の文学を語る上で外すことのできない作品となりました。それだけ多くの人から読まれてきた作品であるが故に多くの解釈をもつ作品ですが、果たしてこの作品から読み取れる"恋愛"とはどんなものなのでしょうか?
あらすじ
今まで他人を尊敬することも少なかった大学生の「私」は鎌倉でどこか惹かれる「先生」という人物に出会い親交を深めます。先生にはとてもきれいな奥さんがいましたが、「私」にもその奥さんにもどこか心を許していないような部分を持っていました。
あるとき先生からとても長い手紙が「わたし」宛に届きます。そこにはずっと隠していた「先生」の秘密が記されています。
それは、自分がKと呼ばれる友人と妻を取り合ったこと、その結果Kが自殺したということでした。そして、罪の意識に苛まれ、自殺という形で罪を償うとを決意したことが書かれていました。
恋愛とは人を欲すると言うこと
この作品には友達が想う相手を自分のものとした結果その友達を失い、罪の意識に苛まれ続ける先生の苦悩が描き出されています。結果が死という結末にまでは至らなくても、このような経験をした人は実は少なくないのではないでしょうか?
友達の好きな人を好きになる、浮気をするということは現代においてもよくあることです。そしてその結果として大切な人を失ってしまうことも少なくありません。
人を欲する想い
恋愛とは他人を欲するという欲望から来ているように思います。時には欲したものが他人のものである可能性もあれます。もっといえば他人のものだからこそ欲してしまうこともあるのではないでしょうか?
「こころ」に描かられている恋愛の在り方はまさに「他人のものを欲しがる」欲望の在り方そのもののように思います。そしてそれに気づいてしまった先生は深い罪の意識に苛まれているわけです。
人はなにがあっても誰かのものになることはない、ということは恋愛をするうえで忘れてはならないテーマなのでしょう。そうしなければ、「こころ」に描かれているような悲劇が目の前でおこることがあるかもしれませんよ。
ツルゲーネフ「はつ恋」
ロシアの文豪ツルゲーネフの代表作であるはつ恋。ロシア文学と言うと重くて読みづらい印象も強いですが、ツルゲーネフの作品は感情移入しやすい人間らしい感情がよく現れている作品です。
はつ恋は筆者自身がとても気に入っている自叙伝的な要素を持つ作品で、ページ数も少ないので海外文学を読みなれていない人にもオススメの作品です。
「はつ恋」にみる恋愛
自分の体験談を交えて描かれているというこの作品は、そのタイトル通りにはつ恋というものがテーマになっています。誰もが一度は経験するはつ恋の想い出が蘇る作品です。
あらすじ
16歳の少年ウラジーミル・ペトローヴィチは、隣に越してきた公爵令嬢ジナイーダに一目惚れしてしまいます。ウラジーミルにとっては初めての恋愛感情。その思いは熱く募るばかりでしたが、ある時ジナイーダが自分の父親と恋に落ちている事実を知ります。
その事実が明るみに出てしまったためウラジーミル一家は引っ越しますが、ジナイーダは諦めきれずに後を追ってきます。父親はお互いのためにジナイーダを拒絶しました。
しばらくすると父は病死してしまいます。その後ジナイーダが結婚した知らせを聞きつけ会いに行こうとしますが、ジナイーダも急死してしまいます。
ウラジーミルはこれを機にはつ恋との決別を果たし、死んだ父とジナイーダ、そして自分自身に祈りを捧げました。
初恋の無残さ、恋の恐ろしさ
はつ恋という甘酸っぱいタイトルとは裏腹に、ここに描かれている恋愛はなんともやりきれないものです。しかし初恋の相手が自分の兄弟や親友を好きになってしまったと思えば、意外とそのようなシチュエーションは少なくないかもしれません。
そして注目すべきは父が死を迎える直前にウラジールに残した「女の愛を恐れよ。女の愛を恐れよ。 この幸福を、この毒を恐れよ」という言葉。これこそがはつ恋のテーマの一つでもあるといます。
恋愛というものは時として人を幸福へと導きますが、一歩間違えれば非常に恐ろしいものにもなりえます。怨恨やストーカーなど具体的にあげてもキリはないですし、そこまでいかずともお互いの生活を狂わせてしまう危険性は常にはらんでいます。
だからといって恋愛をするなとは言えませんが、どんな時であれ一歩引いて客観的に自分の置かれている状況を把握することの大切さが、この言葉から感じられるのではないでしょうか?
サガン「悲しみよこんにちは」
フランスの女流作家フランソワーズサガンの代表作。映画になったことでご存知の方もいらっしゃるかもしれません。
フランス人らしいエスプリの利いたシャレた文章センスや、女性の視点から描かれた作品だけあって今読んでも皆さんが普段読むような恋愛小説と大差なく気軽に読み進められるのではないでしょうか?
サガンが18歳という多感な時期に書いた作品だけあり、恋愛要素を抜きに考えても情景が瑞々しく浮かんでくるとても素敵な作品です。
「悲しみよこんにちは」にみる恋愛
あらすじ
主人公のセシルは母を早くに亡くし父親と二人暮らし。ある夏、父の恋人であるエルザと3人でバカンスを楽しんでいました。同時にセシル自身も隣の家のシリルと出会い恋心を抱きます。
そんな折に父は亡き妻の友人であるアンヌを呼び寄せます。聡明で大人の魅力に溢れるアンヌに尊敬の念を抱きながらも、どこかで恐れおののくような感情も持っていたセシルでしたが、父がアンヌと再婚したことを機にアンヌの規範的な生活方針がセシルにも要求されるようになり、徐々にアンヌに対する嫌悪感を強めていきます。
セシルは父からアンヌを引き離すため、父の元恋人であるエルザ、セシル自身が恋心を寄せていたシリルを巧みに誘導して父からアンヌをひ話すことに成功するのですが、一方でアンヌを貶めたことに対するやるせなさを持ち続けるととなりました。
恋が題材のようでその本質は別のところに?
「悲しみよこんにちは」の面白い点は、全編通して人の色恋が題材になっているにも関わらず、その本質は恋愛そのものというよりは思春期特有の感情の揺れ動きを狂おしいほどに表現しているところでしょう。
主人公のセシルが父の再婚相手のアンヌを嫌悪するきっかけとなったのが、ボーイフレンドのシリルとの関係を注意されたことでしたが、後々セシルはシリルは自分にとって特別ではなかったと自己分析しています。一時的な恋愛心はあっても、それは言ってしまえばひと夏の恋程度のものであったという自覚があったのです。
その点においてはアンヌのセシルに対する発言はまさに的を得ていたはずです。しかしいわば反抗期状態にあったセシルはそれが受け入れられない。新しい母親に束縛されて自由を失うことに対する嫌悪感がアンヌ自身への嫌悪感へつながっていきます。
一方でアンヌという人の人間性には深く惹かれており、計略にかけている間にもアンヌの言うことを聞いていれば自分の人生は間違いないものになると言う確信めいた感情も湧きあがってきます。
セシルの感情の動きや行動は、その点においてはとても身勝手な物でした。なによりも自分の今の感情を大切にする、若さゆえの過ちと捉えることも出来ます。
華やかな舞台と複雑な恋模様が重なった物語。その根底には後悔や恥ずかしさ、執着といった若いときに誰もが経験する感情のどうしようもない重なりが表現されています。
恋愛をきっかけに様々な感情が動く
この作品から得られる教訓は人それぞれたくさんあると思いますが、ここでは"恋愛は愛情という感情以外にも多くの感情を動かすもの"ということを挙げておきたいと思います。
小説の主人公セシルを例に挙げれば自分と重なる父親への愛の深さの再認識、アンヌへの憧れと嫌悪、恋人であるシリルへの想い、そして何よりも自分自身を誰よりも大切に思う気持ち―そういったものを彼女は物語内で恋愛を通して再認識していましたね。
誰かを好きになると、その人だけ見ているようで実は自分の周りにあるさまざまなものの価値を再認識するようになるという側面があるのかもしれません。
サンデクジュペリ「星の王子さま」
星の王子様は今なお多くの人に読まれ続ける名作のひとつです。比較的安易な文体で書かれていることから小さいころに読んだと言う人も少なくないかもしれません。
一方で抽象的な世界観や表現でその本質を捉えにくい作品として、大人でも実際にどんなお話なのか理解している人は少ないかもしれません。
最近ではテレビ番組で芸人さんがこの作品の解釈を紹介し、それがとても分かりやすく素敵なものであったためちょっとした話題になりました。
「星の王子さま」にみる恋愛
あらすじ
操縦士の「ぼく」は砂漠に不時着してしまいます。そこで出会った一人の少年と話すうちに、少年は別の星から来た王子様であることが分かります。
王子様はある日、大切に育てていたバラの花とケンカしたことをきっかけに他の惑星をめぐる旅に出ます。そこでさまざまな人たちと出会いながら最終的に地球に到着しました。
この旅の中で王子様は自分の育てていたバラがかけがのないものであったことに気づき、自分の星へ帰ることを決意します。「ぼく」は王子様を引き留めようとしますが、大切なバラのもとへ帰ることを決意した王子様はそのまま自分の惑星へと帰っていきました。
大切なものに気づくということ
メルヘンで抽象的な世界観によって星の王子さまの物語はとても捉えにくいものに思われがちですが、ズバリ要点をまとめてしまばそれは「本当に大切なものに気付く物語」と言えます。
王子様は色々な惑星を旅していく中で色々な人に出会います。どの人も大切なものを持っていますが、そのだれもが大切なものに執着しているだけのように見えて王子様にはピンときません。
しかし地球でたくさんのバラが咲いているのをみた王子様は、この世にバラはたくさんあるけれど、本当に大切なのは自分がお世話をしたあのバラだけなんだ、ということに気づきます。
関係性をどれだけ育んだか
これは恋愛にもあてはまります。この世に見た目のいい人、お金持ちの人、性格の良い人、はたから見れば素敵な人はたくさんいます。でも大切なのはその人とどれだけの時間を過ごしたか、どれだけの関係性を育んできたか、ということにあるのではないでしょうか?
「星の王子さま」という物語は、大切な人と過ごす時間の大切さ、愛情を育んでいくことの素敵さになかなか気づけない忙しい現代人や浮気性なあなたに教訓を阿多てくれる物語です。
まとめ
いかがでしたか?
古典と呼ばれるような小説作品には複雑なテーマが入り組んでいることが多いのですが、読み解いてみると恋愛に示唆を与えてくれる作品は他にもたくさんあります。
さまざまな作品から恋愛とはなにか、というものを読み取ってるのもいいかもしれませんね。