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イタリアの世界遺産を旅しよう!古代遺跡とルネッサンス美術のおすすめ7選

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イタリアには51件の世界遺産があります。ローマ帝国の遺跡、キリスト教関連、水の都、ルネッサンス、火山で没した都市、ダ・ヴィンチゆかりの地など実に多彩です。その中から人気の7箇所をご紹介します。

ローマ歴史地区、教皇領とサン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂

 

この地区は、世界的に有名な場所がたくさん含まれます。「コロッセオ」、ローマの休日で有名な「スペイン広場」、後ろを向いてコインを投げ入れる「トレビの泉」は、観光客の訪れる定番ですから連日賑わいは衰えません。

 

◆コロッセオ

コロッセオは紀元80年に作られました。巨大な円形闘技場で、5万人を収容できたということです。奴隷を使うことで、エレベーターのようなしかけも作っていたという、当時のローマ帝国の権力が想像できる建造物です。長径188mで外周は527m、高さは48mあります。材質は、火山灰を利用しておりコンクリート同様に丈夫であったことが現在まで残っている理由といわれています。

 

◆サン・パオロ・フォーリ・ムーラ大聖堂

サン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂は皇帝コンスタンティヌ スによって建造されました。1823年に火事で全焼した後、再建されたものです。ただ、モザイク画や4世紀の凱旋アーチ部分などが焼失をせずに残り現在見ることができます。

 

ポンペイ、エルコラーノ及びトッレ・アヌンツィアータの遺跡地域

ポンペイは火山の爆発により全滅した都市で、その名前はかなり知られておりご存知の方も多いと思います。イタリア南部のナポリ近くにありました。この世界遺産では、他にヘルクラネウムの都市遺跡、ヴィラ、トッレ・アンヌンツィアータのヴィラがあります。

 

◆ポンペイ

紀元79年にヴェスヴィオ火山が大噴火を起こし、その火砕流で人々は息絶えたことがわかっています。街はそのまま火山灰に埋まり、約2000人が亡くなったと推定されています。あるとき、空洞がいくつも見つかり考古学者ジュゼッペ・フィオレッリが石膏を流し固めたところ、人型のものが浮かび上がりました。火砕流で亡くなる瞬間の人型がたくさん出来上がり、世界中の人を驚かせています。

 

建物や生活感あふれる痕跡が残っています。建物では、神殿、浴場、「デュオニュソス信仰秘儀」の壁画は「ポンペイ・レッド」と呼ばれる赤色が火山灰により経年の退色から守られました。

 

◆エルコラーノ、トッレ・アヌンツィアータ

イタリアのカンパーニャ州エルコラーノにある遺跡で、ポンペイ同様に火山灰に埋もれ、2000人が犠牲になったとされます。高級な人たちが利用した場所で建物そのものが多く発掘されました。モザイク画なども色鮮やかな状態で見る事ができます。

 

トッレ・アンヌンツィアータは、ポンペイと2.5㎞の場所のカンパーニャ州ナポリ県にあります。1964年に発掘され、暴君で有名な「皇帝ネロ」の妻「ポッポエア」の住まい「オプロンティスのヴィラ」なども見つかっています。

 

ヴェネツィアとその潟

水の都ベニスとは、ヴェネツィアのことです。街全体が水の上に建っていると言った方がよいかもしれません。実は118の島からなっている街で、移動はゴンドラや水上タクシーで移動します。10世紀当時は海洋貿易で全盛期を迎えていました。ドゥカーレ宮殿、サンマルコ大聖堂、カナルグランデ(大運河)の周囲の建物など見所満載です。

 

◆硝子とレースの島

ヴェネツィア本島から離れ、ヴェネツィアン・グラスの「ムラーノ島」、そして繊細なレースの「ブラーノ島」もお勧めです。カットグラスやミルフィオーリのアクセサリーやワイングラスなど、お土産品も豊富ですので、ぜひお立ち寄りください。

 

ナポリ歴史地区

大都市ナポリは、「ナポリはを見てから死ね」というイタリアのことわざがあるように、港の美しい風景と南国ならではのおいしい食べ物など、風光明媚な観光地として古くから賑わっています。後ろに標高1,280mの雄大なヴェスヴィオ火山を配置し、港湾都市として栄えてきました。その土地柄からいろいろな勢力に支配され、スペインが統治した時期もあり異国の文化が入り混じった独自の文化を築きました。ナポリ大聖堂、サンタ・キアラ教会、ナポリ王宮、ヌォーヴォ城、国立考古学博物館、ガレリア、サンテルモ城など見所はたくさんあります。

 

フィレンツェ歴史地区

フィレンツェは、15、16世紀にイタリアで勢力があった名門メディチ家と共に栄えた街です。さまざまな文化が花咲きました。特にイタリアネルッサンスの美術を堪能したいのでしたらフィレンツェは欠かせません。

 

◆ウフィッイ美術館

美術の教科書でもお馴染みの名画の本物が所蔵されています。ルネッサンス絵画の代表的なボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」や「」、ダ・ヴィンチなど有名な画家の作品を間近に見ることができます。

 

◆ヴェッキオ宮殿、ピッティ宮殿

メディチ家も住んでいた宮殿で、内部のルネッサンスの巨匠たちが残した大作を見るために観光客がたくさん訪れています。中でも「500人広間」といわれる場所には、現在の壁画の裏にレオナルド・ダ・ヴィンチの「アンギアーリの戦い」という絵が発見されたことで有名になりました。

 

ピッティ宮殿はメディチ家の末裔が、相続する子孫がないので豪華な美術品すべてを国に寄贈したのですが、ナポレオンに略奪されるなど紆余曲折を経て、現在は美術館として残された美術品の一般公開をしています。

 

その他、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂やサンタ・クローチェ聖堂、サンタ・マリア・ノヴェッラ教会などキリスト教関連の建物もたくさんあります。

 

ピサのドゥオモ広場

「ピサの斜塔」は大聖堂の隣に建てられた鐘楼です。12世紀に建てられましたが3層目で傾き、中断を余儀なくされました。1275年に再開し、やはり断念し14世紀に8層の55mで完成しましたが、傾斜は進んでいます。内部は、空洞で螺旋階段になっていますが、立ち入り禁止であり「鐘を鳴らす」ことはできません。世界的に有名なこの斜塔のある広場は、おみやげ物店などもあり観光客でにぎわっています。

 

レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」があるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会とドメニコ会修道院

サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院の食堂の壁画にレオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」はあります。場所はミラノです。1494年に依頼されてダ・ヴィンチがテンペラ画として描きましたが、保存にあたってはその時代の修復方法で次々に手を加えられて原画がわからないほどでした。しかし、技術が進歩した現代の方法で1999年に「元々のダ・ヴィンチの絵」としてよみがえりました。

 

絵の中の暗く陰湿な部屋は、明るい部屋になり花柄のタペストリーや魚料理などがはっきりし、描かれた当時に近い状態で見ることができます。制作から500年の時を越え、第二次大戦の戦火もかろうじてまぬがれたという「最後の晩餐」をみることができるのは「奇跡」かもしれませんね。

 

まとめ

いかがでしたでしょうか。イタリアの世界遺産は、美術、芸術の要素が強いといえます。また、ローマ帝国、ポンペイの遺跡など古代の高い文化を、2000年後の現代人が実際に現地で感じることができるというのは驚くべきことと思います。もしイタリアを訪れるのでしたら、ぜひ世界遺産の素晴らしさをたっぷりと味わってくださいね。この記事がお役に立てれば幸いです。

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